それは、罪なのだろう。

それは、罪なのだろう。
僕はある女性を好きになった。
この年になると昔の「好き」との感覚が違う。
失いたくない、離れたくはない。でも態度に抒情がある。
そうなってしまえば離れざるを得ない、そんな感覚なのだ。
パーラメントを吸う。背は157センチ。足のサイズは21。
白い透通る位の肌に、細い切れ長の目を持つ女性だ。
若干バランスが悪い、もう少し背が高く見える、と思うくらい
端整な顔立ちと八重歯を持っていた。
消えゆくものは儚いものだ。
人生っていうものには風景がある。
彼女はその風景の中で奇麗に咲いた桜だった。
僕の前でいつその美しすぎる花をいとも簡単に散らすのか、それが怖かった。


あまりに白い肌を持つせいか、彼女の顔にはそばかすがあった。
でもそれは彼女が現実に存在するための一つの枷(かせ)であるように思えた。
僕にとってその白い肌は透明すぎた。
横幅の大きい、意志の強い眼が僕を捉えたとき、
僕はその視線の外し方を忘れてしまうくらい心奪われた。
しかし、それは罪なのだ。
僕はそれをいつも後悔し、自分を責め続けた。
だから、僕はいつも彼女を笑わせた。
彼女は笑顔になったときだけ少女の時のそれを蘇らせた。
僕は彼女とともに笑った。笑うしか、もうないのだ。


テレビは特に内容のない映像を流している。
遠い街には遠い風景しかない。
遠い街には「ここ」にいる僕には理解できない何かがある。
彼女の心もその遠い街に似ていると思った。息を吸うことすら何かが違う気がする。
ここにいるときだけ僕と彼女の数値は近似値になる。イコールではない。
僕はすべてを同調したいと思ってしまう。鼓動すら考え方すら。
結局、僕は幼い考え方しかできないんだ。僕の望みは浅くて狭いのだ。
そう思うことにした。現実と想像は違うのだ。


僕は罪を犯した。
それはあなたを好きになってしまったからだ。
彼女の考え方は30日周期に変わった。その周期は止めどない。
でも、僕が知っている彼女はその周期を10回失った。
すべてはそこから始まってしまった。
僕はまだその時は罪を犯してはいなかった。


彼女は姿を消す準備をしていると思う。
僕の前からすべてを消してしまう気でいる。
記憶も呼吸もデジタルなことからアナログなこともまで、すべて。
僕は薄々感じてしまっていた。普通の、今までの恋愛ではなかったことだ。
でも、それを感じてしまったのだ。それは僕が罪を犯していたからだ。
彼女も僕と同時に罪を犯した。
だから、その時だけ、その一瞬だけ僕らは同調した。
そして、ゆっくり離れていく。音も立てずに、波も立てずに。
そう、それは夜空の星のように。そう言ってしまえば美しい。
しかし現実はそうはいかない。生臭くってどす黒い。


時間は僕らをゆっくり切り裂く。だから、僕は罪を犯したのだ。
そう、僕はもう最後を知っていた。
彼女もその最後を知っている。
もういい、僕にはそれに光がないのを知っている。
僕は彼女の手のひらに親指をつけて、ゆっくり壊れないように握った。
そうするしかなかった。静かだった。何も僕らはしゃべらなかった。
この一瞬を感じていた。
光がカーテンの上を反射して天井を薄く照らした。


僕は罪を犯している。できればこの罪をずっと犯してしまいたい。
だからいいのだ。僕は何と呼ばれても。
彼女の薬指に指輪が光っていようと。