たった一人の狂人が。

 
幸せな生活。自分の子供がゆっくりと自己を持っていく瞬間…。
それを見つめる幸せ。ともに生きていく人間がいるという幸せ。
やさしく、一緒に寄り添って歩みを進めてくれる妻。
未来が一歩一歩近寄ってくる感覚。発見と喜び、それを分かち合うこと。
ある日、暖かい我が家に帰る。
電気が点いていない。いつもなら明るい部屋に夕食の香りがそこにあるのだ。
ただいま、と声を部屋に向ける。返事がない。
誰かと約束してどこかに行ったのだろうか?
でもそんな連絡受けてはいない。何か急な事情でどこかに出かけたのだろうか?
…暗くなった部屋には異様な感じがした。ぼんやりと…何かが見える。
電気をつける。
 
そこには床に叩きつけられて、未来ある命を無くした小さな我が子の亡骸と、
強姦され、その上首を絞められ息を引き取った愛する妻の亡骸がそこにあるのだ。
 
それが光市母子殺人事件である。
加害者は当時18歳の男。強姦目的だった…との報告がある。
「私はどうなってもいい。この子には手をかけないで」
その男はその声も聞き入れず、惨殺するのである。
その男の思考は僕にとってまったく理解不可能である。まったくわからない。
ただ、そういう人間は山ほどいる…ことは知っている。とても恐ろしいことだが。
許されるわけがない。どんな事件も許されることではない。
被害者は誰でも被害者となりえる。加害者は意味は持たずとも加害者になりえる。
弁護士がどうあろうと、事件の本質には意味を持たない。その結果のフィルターでしかない。
僕はその被害者になったらどうなってしまうだろうか?
あんなに冷静な目をしていられるだろうか?
多分、僕は無理だ。