銃を突き付けられた犯人と人質

 A:人質 B:犯人 
 BはAのこめかみに銃を突き付けている。
A あのー…いいですか?
B …。
A すいません、あの…、
B 何?
A えーと…こんな状況でなんなんですが…
B …。
A 私と話をしていただけませんか?
B …何故?
A …死ぬ前に無言っていうのは悲しいかなって。
B …無言でいいさ。
A でもですよ、いきなりこんなことになって…。
  それだけは自由にさせてもらってもいいじゃないですか。
B …好きにしろ。
A 例えばですよ、私の腎臓が人工透析が必要で、それも今日必要だったらどうします?
B 特に何とも思わない。
A 例えばですよ、私が重度の糖尿病で、今からすぐにインスリン接種が必要だったらどうします?
B 特に何とも思わない。
A 今、注射打ってもいいんですかね?
B 駄目だ。
A そうなんですか?
B 当たり前だ、今の状況を把握しろ。
A 人質が死んでも人質なんですかね?
B 嘘だろ。
A ええ、まぁ、嘘ですが。
B …。
A 犯人さんは、何故にまた私みたいな人間捕まえて、いったいどうしたいんですか?
B …。
A 納得いかないんですよ。うまく、自分に納得させたいんですよ。
B 私には子供がいた。
A え?
B 私には子供がいたんだ。お腹の中にね。この革命のために流産した。
A 子供を犠牲にしなければいけなかったんですか?
B 革命のためだ。
A この革命はそんなに大事なことなんですか?
B そうだ。子供の命まで犠牲にしなけれならない、素晴らしい革命なのだ。
A そんな革命、本当に必要なんですか?
B 私は自ら流産させたのだ。お前、今の状況を理解して発言しろ。
A 一人の人間を犠牲にして、私も犠牲にすれば革命で救われるんですか?
B そういうわけではない。
A だったら、その命を犠牲にする意味が…
B 私だって人間だ。
A …。
B 私だって一人の女だ。辛いさ。
A 私にも愛する人がいます。愛してくれる人がいます。
B 私は革命を愛している。
A あなたの愛と私の愛が共存することはないんでしょうか?
B 今の状況だと、次元の違う話だ。
A そんなもんですかね。イエスかノーかで決める話ではないと思うんですよ。
B そんなもんだ。今、私はお前の命を握っている。それはイエスだ。
A イエスではないかもしれませんよ。その銃の中に銃弾が入っていない確率もある。
B 間違いなく、このピストルの中には銃弾が入っている。
A あなたは私を撃ち損ねるかも知れない。
B 私はこの革命のために十年間訓練をしてきた身だ。ここで外すわけにはいかない。
A あなたが命をなくすかもしれない。
B それは覚悟の上だ。
A あなたが普通の、普通の幸せを過ごせるかもしれない。
B …。
A あなたと、あなたの愛した人と、あなたの愛する子供に囲まれて暮らす可能性もある。
B …。
A それは可能性がゼロではない。
B 何が言いたい?
A 今、ここから逃げるんです。
B 逃げてどうするんだ?
A そこから始めればいいじゃないですか。ゆっくりと、時間もあるんだ。
それも革命ではないんですか?
B それは革命ではない。
A あなたは私を殺すことによって革命が行われるのなら、撃ちなさい、撃ったらいいんだ。
B 今、お前を撃つ意味はない。
A じゃあ、今から何をしてもいいんですね。
B 何もするな、何もしてはいけない。
A でも、インスリンだけは打たせてくれませんか?
B 嘘じゃなかったのか?
A ええ、嘘じゃないんです。
B わかった。今、打てばいい。
A ありがとう、目が回りそうだったったんです。
 A 注射、打つ
A (高笑い)ごめんなさい…違うクスリ打っちゃいました。
B ええっ!!なぜだ?
A あなたから殺されるのはまっぴらだ…。(倒れる)
B ちきしょう、失敗した!ええい!
 B あわてて部屋から去る。
 A ゆっくり立ち上がり、
A ほら、両方とも幸せになる方法もあるじゃないですか。

END。